HAPPY BITRTHDAY 〜 当日 〜
イサトの朝はいつもかわりなく始まる。 今日もそんな朝になる ―― はずだった。 イサトの朝は早い。 基本的に寺の生活に合わせて動いているので、日が昇る前から起き出して朝食前に一仕事は当たり前だ。 もちろん家族も早起きだし、大概休みはなく働いているのでいつでも起きるのは早朝になる。 ところがその日の朝、イサトは瞼を刺す光に起こされた。 「んぁ・・・・?」 一瞬寝過ごしたか、とひやりとしたイサトは寝ぼけ頭を回転させてなんとか思い出した。 昨日、イサトは元龍神の神子であり、現在は四条の尼君と呼ばれる貴族の保護下にある高倉花梨の護衛で遠出をしたのだ。 なんとか言う儀式に神子だった花梨の出席を求められたらしいが、遠い上に退屈な儀式で終わった時にはイサトも花梨もぐったりしてしまった。 その様子を見た家族が寺に頼んでイサトを1日休ませてくれたのだ。 (とすると、もうみんないねえな。) 頼りなく空腹感を訴えるお腹に苦笑してイサトはゆっくり瞼を開けて・・・・ ―― 呪縛でもかけられたように固まった。 「なっ(↑)なっ(→)なっ!?」 ぱくぱくと、酸欠の金魚宜しく口を開けたり閉じたりしても意味不明な言葉しか出てこない。 (ちょ、ちょ、ちょっと待てよ!なんで、どうして・・・・) イサトが寸分も動けないまま混乱しているうちに、イサトの目の前で『原因』が少し動いた。 「ん・・・・」 30cmも離れていない先で身体を丸めるような仕草をして『原因』 ―― こと、変形の狩衣を着て、どういう訳かイサトの隣で眠っていた高倉花梨がゆっくりと目を開いた。 「ん・・・・・あ、」 一瞬、目の前で動くこともできずに目を見開いているイサトを見てびっくりしたような顔をしたものの、花梨はすぐにほへっと相好を崩す。 「おはよ、イサト君。」 (ぅわっ・・・・) 無防備な笑顔と、聞き慣れない寝起きの挨拶に思わずイサトは口元を手で覆った。 そうしなければ心臓が口から飛び出してしまうかと思ったかのように。 (すげぇ可愛い・・・・) 「じゃねえ!」 「わっ!?」 思わず花梨にみとれそうになった自分に激しく突っ込みを入れるようにイサトはがばっと起きあがった。 そして驚いて一緒に起きあがってしまった花梨をじっと見つめる。 「花梨、だよな?」 「うん。」 「夢じゃねえよな、これ。」 「うん、もう朝だよ?」 微妙に的外れな答えを返してほへっと笑う花梨にイサトは頭を抱えた。 「じゃあ、なんで本物のお前が俺の隣で寝てんだよっっ!!!」 昨日の夜は確かに一人で布団に入った。 というより、周りに家族だっていたし他の人間を連れ込めるはずもない。 ましてイサトと花梨は去年の冬に京を襲った戦いの中で心を通じ合わせた恋人同士だ。 他の場所ならいざ知らず(?)家族がごろごろ寝ているような場所に一緒に寝ていられるハズがない。 だから夢以外でこんな事はあり得ないはずなのだ。 イサトが思わず頭を抱えたのも無理はないというもの。 しかし花梨は少し困ったように頬を掻いてえへへと笑う。 「うーんと、寝るつもりはなかったんだよ。イサトくんの家族の人達に会いたかったから、ちょっと迷惑かなって思ったけど、早起きして来て・・・・そしたらお母さんがイサトくんはまだ寝てるから、適当な時間に起こしてやってって頼まれて・・・・で」 「気が付いたら寝てたのか?」 「ちょっと自分の力量以上の早起きしちゃったから。」 笑って誤魔化す花梨に、ますますイサトは眉間に皺を寄せる。 「なんでそんな無理してんだよ?お前だって疲れてるだろ?」 「あー、別に、うん・・・・」 「?」 意味不明な空返事を返して視線を逸らす花梨。 「どうかしたか?」 「・・・・予想以上に格好いいというか、色っぽいというか、可愛いというか・・・・」 「おい、花梨?」 「な、何でもない!そうじゃなくて」 何かぶつぶつと言っていた花梨は気持ちを切り替えるように頭を軽く振って顔を上げた。 その視線にイサトはどきっとする。 さっきみたいに無防備で柔らかそうな花梨の表情も好きだが、それ以上に好きなしっかりと意志を感じる顔をしていたから。 そのまま花梨は表情に笑顔を乗せて言った。 「あのね、もしよかったら今日一緒に出かけてくれない?」 「?別にいいけど、どこへ?」 「どこでもいい。イサトくんと一緒にいたいだけだから。」 「え・・・・」 さらっと言われて一瞬意味を掴みかねるイサトに構わず花梨は続ける。 「どこでもいいんだ。ただ今日って日に一緒にいたいだけ。私の我が儘だから。・・・・それじゃ支度するの待ってるね。」 そういって立ち上がろうとする花梨にイサトは首を捻る。 (今日?今日って何かあったか?それに花梨がこんな事言うなんて珍しいよな?) 「かり・・・・」 どういう事なのか問いただそうとして発した言葉は花梨立ち上がった花梨が急にまた膝をついて座った事で遮られた。 その顔を見てイサトはびっくりする。 どういうわけか花梨は真っ赤で、そのくせ一生懸命!と力説しているような目だったから。 「あのね、本当は朝一番にイサトくんに言いたい事があったの。」 そう言って花梨は真っ赤な顔を笑顔に崩した。 「イサトくんが大好き。産まれてきてくれて、本当にありがとう。」 「え・・・・」 言われたことに頭がついて行っていないイサトの頬に、花梨は掠めるようなキスをしてばっと立ち上がった。 「じゃ、じゃあ私待ってるから支度してきてね!」 そう言うなり後も見ずにバタバタと部屋を飛び出していく花梨。 その後ろ姿を呆然と見送って、イサトはほとんど無意識的に自分の頬に手を当てた。 ―― 朝起きたら花梨がいて とくんっ ―― 滅多に見られない寝起きの顔を見て とくんっとくんっ ―― 大好き、と言われて とくんっとくんっとくんっ ―― 口づけをしてくれた 「〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜(///)」 とうとう事態を把握しきったイサトはがばっと頭を抱えてしまった。 笑いたいのとも、怒りたいのとも違う、強いて言えば行き過ぎた嬉しさに体中がきしんでいるみたいに感じる。 「・・・・まいった・・・・」 花梨の唇の触れていった頬が熱い。 イサトはまだとかしてもいない髪をガシガシ掻き混ぜる。 まだ目を開けてから半時もたっていない。 まだ『今日』という日は始まったばかりだ。 それなのにこんなに嬉しくて、こんなに幸せで・・・・ 「・・・・たく、なんて日だよ。今日は。」 零れたぶっきらぼうな言葉とは裏腹に、イサトは心底嬉しそうに笑った。 ―― イサトと花梨が出会って最初の、文月三十一の日の朝の出来事 〜 終 〜 |